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1918年米騒動

1918年(大正7年)の7月22日から9月にかけて、全国各地で起こった、コメの価格急騰に伴う騒動事件。
     
7月22日、富山県で、コメ価格の高騰に苦しむ主婦の集団(200名)が、役所や米商店などに押し掛け、窮状を訴えました。
コメ価格高騰は、日本の人口増加に加え、商人や資本家による買い占めが原因と見られています。
   
富山で始まったコメ騒動は、全国に広がり、各地で騒動、暴動、テロが起こりました。
8月12日には、当時、日本最大の商社であった鈴木商店(神戸市)の本店が焼き討ちされました。
     
焼き討ちは、同商店が米の買い占めを行っているという大阪朝日新聞(現・朝日新聞)の記事(誤報)によるもの。
のちに、鈴木商店は米の買い占めに関わっておらず、朝日新聞の誤報であることが明らかとなります。
    
米騒動は、最終的には数百万人が参加し、抗議行動から暴動、テロに発展し、8千人以上が刑事処分されました。
また、この米騒動を受け、当時の寺内内閣が総辞職しました。
      
■米騒動の始まり
かつて(20世紀まで)は、米騒動について、1918年の7月23日に富山県の漁村で始まったとされていました。
  
その後、米騒動についての研究が進み、現在では、1918年の7月上旬から富山県の沿岸地方で、小規模(20名強)な抗議活動として始まり、大規模な騒動(200名強が参加)となるのは、7月22日からとされています。
   
8月に入ると千人を超える騒動となり、また、全国へ広がり、最終的には、数百万人が参加する騒動となりました。
  
*参考…魚津市・米騒動発祥の地、鈴木商店記念館・米騒動の日

風景
大阪・堂島

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