太閤街道殺人事件
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「覚悟を決めていたのかもしれない」

「呼び出されたとき、思ったはず。犯人だと気付いた。もし、事件を隠匿するつもりなら、殺されていたのは柿元順子の方だ」

「圭子ちゃんが言うように、絵も処分出来たはず。その上、本気で隠すつもりは無かったようだ。あの場所なら、いずれ地元の人が見つける」

「自分のことを知ってもらいたい。そう思っていたのでは?」
   
三条坂圭子がそう応じた。そして続けた。

「空にカラスが飛んでいる、ありふれた風景は彼の人生そのもの。出世はしない、平凡な人生だろう。ああうれし…。それもいいんじゃないか、そう思っていた」

「ナンバーワンの営業マンと言っても、安月給のヒラ社員。駅のホームで長時間、電車待ちをしている姿こそ、本当の姿だった。そして、そのとき見た風景が深く刻まれた。経歴からは繋がらない町。でも、ここは馴染みのある町だった」
      
「誰れにでも、経歴からはわからない場所がある。道を間違えて迷い込んだ街。遠足で一度だけ来た町。他人には理解できない、その人だけの場所がある」
   
元刑事の実感であった。信号が赤で車を止めた。

「だから、この町に絵を隠した。それも俳句が示す地点に。捜しに行ってください。でも、本当に探して欲しかったのは…」
   
三条坂圭子の声が泣いていた。信号が赤から青に変わり、再び走り出した。しばらく進むと、近鉄・伊勢中川駅前に戻ってきた。右折して、駅のロータリーに入り、停車させた。

駅の外からホームが見渡せた。高校生が多い。スーツ姿のサラリーマンもいる。11月8日午後4時、平凡な日常という風景がそこにあった。
      
光景が浮かんだ。

ホームで、空を仰ぎ見ている男がいた。スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、汗を拭いながら。季節は初夏であった。青い空に白い雲、木々は青々と輝いていた。男の視線が岩田に向けられた。そして、微笑んだ。

空ではカラスが鳴いていた。

       (了)

 
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初夏の空
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