「カラス飛ぶ、三ツ雲の空、ああうれし」
運転しながら、岩田がつぶやいた。そして、尋ねた。
「季語はカラス飛ぶ?」
「カラスのヒナが巣立つ、と解釈すれば、夏…」
山口圭子が自信無さそうに応じた。
「どうして、こんな俳句を思い付いたのかな?」
岩田の質問が続いた。
「伊勢中川駅で見たのでは。空に雲が三つ、そして、カラスが飛んでいた」
「かつて、ここは嬉野町。隣が三雲町。さらにその隣が香良洲町」
「快晴の空をカラスが飛んでいる。そんなありふれた風景でもおもしろいと思った」
山口圭子の推理であった。
「風景と地名を掛けたわけか」
岩田が呟くように同意した。
「なぜ、絵を処分しなかった?」
山口圭子の疑問であった。
「証拠隠滅のため、和田のマンションへ行った。そして、絵を持ち帰った」
「あとで気付いたはず。この絵を持っていれば、犯人である証拠だと」
「もったいないけど、燃やしてしまえばいいわけよ。証拠は残らない」
「でも、それをしなかった…」
「私が絵を捜していたから」
岩田がきっぱりと応えた。
「京都のホテルで、立石に阿倍野データニュースの記者と自己紹介した」
阿倍野データニュースは、大阪・阿倍野の地域ニュースを流しているサイト。地元では少し有名となった。
「調べれば、すぐにわかる。サイトを運営しているは岩田という探偵。記者では無く、探偵だと」
「探偵が動き回っているのは、何かの調査。金を使ってまで、調査しなければならないもの」
「絵の捜索」
「三千万円の絵の捜索なら辻褄があう。自分の手元にある絵を、岩田という探偵が捜している。そう気付いた」
「岩田さんに好意を持ったわけですね」
山口圭子が小さな声で補足した。
「あるいは、岩田さんと会って、運命を悟った。もう逃げられない。だから、絵を処分しなかった」
「先日、岩田辰郎で検索したところ、結構、有名人ですね。いろいろ出ていましたよ」
「近所に変わったおじさんがいて、街のあちこちを調べるように歩いている。ビルの前で手を合わせたり」
「近くのたこ焼き屋のおじさんに尋ねると、たっちゃんだね、街の見回りをしているんだ」
「そのおじさん、元刑事さんで退職後、探偵をしているみたい」
「もっとも、探偵とは名ばかり。散歩と称して街の防犯係を務めているようです」
「手を合わせたのは、そこで強盗殺人事件があったから。おじさんは自分の責任だと思っているようです」
「これ、女子大生のブログ。立石さんも読んだのかも…」
山口圭子の声が、だんだんと小さくなった。
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