くにゅーニュース(Qnewニュース)
    ホーム    
函館開港記念日

毎年7月1日。
函館港が開港した1959年7月1日に因む記念日。
   
幕末の1853年、アメリカのペリー提督が黒船4隻で浦賀(神奈川県横須賀市)に来航し、鎖国政策を敷いていた日本に開国を求めます。
    
翌1854年、開国を決めた日本は、日米和親条約を締結し、下田と函館(当時は箱館)が補給港として開港します。
   
その後、欧米列強が自由貿易のための友好通商条約締結を求め、江戸幕府は1858年にアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダの5ヵ国と、自由貿易を行うための友好通商条約(安政五カ国条約)を結びます。
       
この条約に基づき、安政6年6月2日(1959年7月1日)に、函館港は自由貿易港として、開港することになります。
     
なお、毎年8月1日~5日に開催されている函館港まつりは、1934年の大火からの復興祈念とともに、函館開港77年を記念して始まったものです。
     
■函館開港までの経緯
幕末の1853年、アメリカのペリー提督が黒船4隻で浦賀(神奈川県横須賀市)に来航し、鎖国政策を敷いていた日本に開国を求めます。
    
翌1854年、開国を決めた日本は、日米和親条約を締結し、下田と函館(当時は箱館)が補給港として開港します。
   
その後、欧米各国が、自由貿易のための友好通商条約締結を日本に要求します。
    
江戸幕府は、欧米からの要求を受け入れ、1858年にアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダの5ヵ国と友好通商条約を結び、横浜、函館、長崎、神戸、新潟の開港が決まります。
       
1858年の友好通商条約は、安政五カ国条約と呼ばれ、日米修好通商条約、日蘭修好通商条約、日露修好通商条約、日英修好通商条約、日仏修好通商条約の5つの条約の総称。
       
安政五カ国条約は、勅許の無いまま、大老・井伊直弼が締結したため、朝廷側から無効とされ、朝廷と幕府の対立が激化することになります。
          
その後、反対派の幕臣や志士、朝廷の公家衆を大量に処罰する「安政の大獄」や、大老・井伊直弼が暗殺される「桜田門外の変」へ繋がり、倒幕の時代が始まりました。
        
開港は、不平等条約の下での自由貿易でした。
問題となったのは、領事裁判権の規定、関税自主権の欠如、片務的最恵国待遇で、これら不平等条約の撤廃は、次の明治政府の仕事となりました。
       
実際の開港日は、安政6年6月2日(1859年7月1日)で、横浜、函館、長崎の3港が開港します。
函館市は、新暦(1859年7月1日)に因み、7月1日を開港記念日としています。
        
なお、同じ日に開港した横浜は、安政6年6月2日に因み、6月2日を開港記念日としています。
長崎は、安政の開港の287年前からポルトガル貿易船が入港していることから、最初のポルトガル船が入港した1571年4月27日に因み、開港記念日を4月27日としています。
         
安政五カ国条約では、新潟、神戸(当時は兵庫)の開港も約束されていましたが、種々の事情で、この2港の開港は遅れました。
神戸は慶応3年12月7日(1868年1月1日)に、新潟は明治元年11月19日(1869年1月1日)に開港されます。
  
また、江戸幕府が、横浜、長崎、函館の開港を布告した1859年の6月28日に因み、6月28日は貿易記念日となっています。
         
*参考…ジェトロ:貿易記念日講演会、函館市:開港記念日

風景

風景

    ページのトップへ