有馬温泉は六甲山北側に位置し、山の中腹に張り付いた街である。
古来からの温泉地で、日本書紀にも記載されている程である。
ゆえに中心街は道も狭いし、階段も多い。
住所は神戸市北区有馬町。
鼓ヶ滝公園からホテルまでは、車で10分弱。徒歩だと30分近く掛かる。
今日は警察車両のため、数分でホテルに到着した。
ホテル到着後、部下の刑事2人は、殺害された人物が宿泊していた部屋の捜索に入った。
もっとも、ツアー客の加藤和馬はホテル到着後、すぐに外出したため宿泊はしていない。
伊吹警部はホテルの会議室で、関係者から聞き取りを始めた。
会議室は6畳程の洋間。
中央に折り畳みの長い机が2つ、並列に置かれていた。
警部の対面に、ホテルのフロント係・渡辺宏とツアー添乗員の小林優香が座った。
ドアの近くには、部下の刑事が1人立っていた。
「加藤和馬、36才、フリーカメラマン。住所は大阪市浪速区、電話番号は…」
伊吹警部がツアー名簿を読み上げた。
ツアー名簿は、添乗員の小林優香が持っていたものである。
「確認してきます」
ドアの近くに立っていた刑事が、手帳に書き写したあと、会議室を飛び出した。
「外出したのは何時か、わかりますか?」
伊吹警部の聞き取りが始まった。
「昨日の午後5時25分です。私が部屋の鍵を預りました」
ホテルのフロント係である渡辺が、きっぱりと応えた。
そして、広げたノートを伊吹警部の前に差し出した。
ノートには、客の出入り記録が書き込まれていた。
太閤街道ツアーは昨日の午後4時50分、ホテルに到着。
フリーカメラマンの加藤和馬は、その35分後、フロントにやってきた。
そして、部屋の鍵を預け、外出した。
「変わった様子は?」
伊吹警部がフロント係の渡辺に尋ねた。
「慌てていました。ホテルを飛び出して、気にはなったのですが…」
フロント係はそう応えた。
「そのとき、何か持っていましたか?」
伊吹警部の質問が続いた。
「いいえ、何も持っていなかったと思います。ホテルの防犯カメラを確認していただければ」
フロント係がきっぱりと応えた。
そのとき、ドアがカチッと開いた。
5分前、会議室を飛び出した刑事が戻った。
「県警本部で身元確認をしています。少し時間が掛かるかもしれません」
会議室に戻った部下の刑事が、伊吹警部にそう告げた。
「太閤街道ツアーとは、どういう?」
伊吹警部が、今度はツアー添乗員の小林優香に尋ねた。
優香はホテルに戻り、少し落ち着いたようであった。
「豊臣秀吉のゆかりの地を辿る、3泊4日のバスツアーです」
そう答えたあと、小林優香がカバンからパンフレットを取り出し、伊吹警部に渡した。
「主催は中京総合ツーリスト。名古屋駅前にあります」
「あなたも?」
旅行会社の社員かどうか、伊吹警部が尋ねた。
「いいえ。派遣会社に所属しています」
現在のツアー添乗員は、ほとんど派遣である。
「旅行会社には?」
「はい。警察からの電話のあと、連絡しました」
(あと30分だな)
伊吹警部はそう思った。
名古屋から新神戸まで、新幹線で約65分。
新神戸から有馬温泉まで、車を飛ばせば約15分。
これに新幹線の待ち時間や乗り換え時間を入れると、名古屋駅から有馬温泉まで約90分。
警察がホテルに連絡してから、1時間は経っている。
中京総合ツーリストの人間が有馬温泉に到着するのは、30分後だと伊吹警部は計算した。
「このツアー名簿ですが、加藤和馬の名前が付け足されていますね?」
伊吹警部が質問を続けた。
添乗員の小林優香が所持していたツアー名簿は、コピーである。
しかし、加藤和馬だけは23名のツアー客に付け足す形で、ペンで書き込まれていた。
「はい。加藤様は2日目からの参加者です」
小林優香の声は、すっかり落ち着いていた。
「2日目からの?」
「はい。長良川温泉に到着したあと、旅行会社から電話がありました。明日から1名追加されると」
長良川温泉は初日の宿泊地である。
「よくあることですか?」
「これまでも何度かありました。初日のツアーは愛知と岐阜です」
「地元の人間からすれば、今さらということになります。そういうお客様は2日目から参加します」
「ただ、ツアーが始まってから追加されたのは初めてです」
(この辺りの事情は、旅行会社だな)
伊吹警部は要点を手帳に書き込んだ。
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有馬温泉:©神戸観光局 |
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有馬温泉の街角:©神戸観光局 |
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有馬温泉・金の湯:©神戸観光局 |
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有馬温泉・金の湯:©神戸観光局 |
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有馬温泉・銀の湯:©神戸観光局 |
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有馬温泉の街角 |
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有馬温泉・金の湯 |
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有馬温泉・御所泉源 |
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