午後9時前、木下藤吉郎の講演会の全てが終了した。岩田と山口圭子は、文化ホールの外に出た。
「阿倍野の岩田さん、木下藤吉郎の講演はどうでした?」
木下藤吉郎のモノマネで、山口圭子が尋ねた。
「今日は、圭子ちゃんにハメられてしまったようだ」
岩田は苦笑しながら、応えた。
木下藤吉郎は、講演中、何度も『阿倍野の岩田さん』と連呼した。
会場にいた全員が、阿倍野の岩田のことを覚えているだろう。
「そんなことはないですよ。たまたまです」
山口圭子は、うれしそうに笑った。
「明日の京都でのパーティ、担当の記者さんも当然、出席されるわけですね?」
岩田が、山口圭子に尋ねた。
「はい。当然です」
山口圭子がきっぱりと応えた。
「パーティで、木下藤吉郎を紹介してくれますか?」
「はい、はい」
あいかわらず、山口圭子はうれしそうに応じた。
「!」
岩田が周りの異変に気付いた。
いつの間にか、黒のスーツ姿の男たちに囲まれていた。
男たちの中に、植芝会長がいた。
「阿倍野の岩田さんですね。はっきり申し上げます。まわりをうろつかれると迷惑なんですよ」
「これ以上、うろうろされると…」
植芝会長の低い声でそう伝えた。
それだけ。
男たちは静かに去った。
3日前、岩田は名古屋駅前にある中京総合ツーリスト本社を訪れた。
当然、植芝会長に報告が入ったはず。岩田という男が嗅ぎ回っていると。
その岩田が今日、講演会に現われた。だから、警告にきたようだ。
「植芝会長を怒らせるとは、あいかわらず、余計なことをしているわけですか?」
山口圭子が苦笑しながら。
「少しだけ」
岩田は、彼女に感動した。
(さすがは記者だ。少しもひるんでいない)
「植芝会長にとって、木下藤吉郎は息子のような存在です。息子の木下一樹君も、本当の孫のように可愛がっています」
「そのようだな」
今日の午後、岩田はその木下一樹と会った。
その後、会社へ戻る山口圭子と御堂筋線の本町駅で別れ、岩田は阿倍野の自宅に帰った。
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