エレベーターで15階へ向かった。
いかにも高級ホテルのバーである。セールスポイントは広い窓から眺める京都の夜景。中でも東寺の五重塔。
(夜の京都もいい)
漠然と思った。カウンターの端に目的の男がいた。
「さきほどは…」
ゆっくりと近付き、小さな声で呼びかけた。植芝会長の顔が少し左に動いた。
「少しだけ、よろしいでしょうか?」
「断わると言っても、押しかけるのだろ」
隣に腰かけた。
「謝りにきました。警告を無視したので」
嫌味でもあった。
「50年前になるかな…」
手に持ったグラスを見詰めながら、話し始めた。
「私が旅行会社を立ち上げて、間もない頃。得意先の小さな運送会社に木下藤吉郎の父親が働いていた。陽気なヤツで会社の宴会部長を務めていた。私とは同じ歳。気が合った。だが…」
父親は、木下藤吉郎が3才のとき亡くなっている。
「それから35年経って、財界のパーティで木下藤吉郎と会った。話をしているうちに宴会部長の息子だと気づいた」
「運命を感じたよ」
15階のバーからロビーに戻った。
「そうか、わかった」
隣にいる畠山警部補の携帯電話が鳴り、報告が入った。
「カレンこと津玲奈が明日、大麻取締法違反で逮捕されることになりました。容疑が固まったようです。協力に感謝しますと」
小さな声で電話の内容を伝えた。「一樹に大麻を渡したのはカレン」と教えた情報に対するお礼であった。
「今からカレンに会ってこようと思う」
「岩田さん…」
困惑した表情になった。
「どうしても聞いておきたいことがある」
話ができるのは今しかない、そう考えた。
「私も付いていきます。余計なことをされると困りますから」
ホテルを飛び出し、京都駅へ向かった。車より電車の方が早いと計算した。
|
|
|
|