「盗み聞きしてしまいました」
後ろから、声が掛かった。
岩田は木下藤吉郎と別れ、駅へ向かって歩いていた。
「近くに用時があり、その帰り、岩田さんを見かけ…」
ゆっくりと歩く岩田の隣に、スーツ姿の中年男が並んだ。
大阪府庁の市谷部長であった。
「あとを追いかけたら、木下藤吉郎と。話しかけることも出来ず」
並んで歩きながら、市谷部長は申しわけなさそうに告白した。
岩田は苦笑するしかなかった。
「僕も、あの場所から眺める、大阪城が好きなんです。府職員の僕が言うのはいけませんが、ああいう人に」
市谷部長が歩きながら、続けた。
「私としては、あなたが、と思いますよ」
岩田の本音であった。
「辞めときます。人間が変わりそうで」
「権力というものは、人を変えます。車の運転と一緒だ、と言う人もいます」
「よく、ハンドルを握ると人が変わる、そう言うでしょう」
市谷部長が両手を前に出し、ハンドルを操作する仕草をした。
「あなたも、ですか?」
岩田が笑いながら、尋ねた。
「ええ、可能性は。おっと、道草し過ぎたようです」
腕時計を見た市谷部長が、そう呟いた。
「いろいろと考えさせられました。私も少しだけ、大阪に恩返しを」
市谷部長が、飛びっきりの笑顔を見せた。
そして、右手を軽く上げ、小走りに駈け出した。
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