10月28日午前9時、トン、トンという音が探偵事務所に響いた。
「どうぞ」
岩田がそう応えると、静かにドアが開いた。
スーツ姿の中年男が2人、軽く会釈して、室内に入った。
1人は後輩の畠山警部補、もう1人も刑事のようであったが、岩田には見覚えが無かった。
「ご無沙汰しています。お元気そうでなりよりです」
畠山警部補が定型の挨拶を行なったあと、同行した人物を岩田に紹介した。
「こちら、兵庫県警の伊吹警部です」
伊吹警部は、せいかんな顔のガッシリした体格。
やや中年太りぎみの丸顔の畠山警部補とは対称的であった。
(兵庫県警の警部がわざわざ出向いて来たのか。相当な事件だな)
岩田はそう思った。
「まあ、どうぞ」
ソファに腰かけるよう勧めた。
(兵庫県警のエースだな)
お茶を煎れながら、岩田は思った。
伊吹警部には一分の隙もなかった。
(うちの畠山警部補は、まだまだ、だな)
どうしても身内には厳しくなる。
「今日伺いしましたのは、岩田さんが担当した事件について、お聞きしたいことが」
茶を一口飲んだあと、畠山警部補が切り出した。
「6年前、大阪府の局長が刺された事件を覚えておりますか?」
「うん」
そういう事件があった。
「その事件で、幹部の身代りとして自首してきた男がいましたね?」
畠山警部補が続けた。
「確か、和田という名前だった」
「はい。当時は暴力団に所属していましたが、その後、組を追放されたチンピラです」
6年前、大阪府の幹部職員が何者かにナイフで腹を刺された。
刺された幹部職員の名は、井戸口勝。
役職は局長。
急所をはずれていたため、大事に至らず、2週間程度の入院で済んだ。
翌日、ナイフを持って自首してきたのが、和田かつ也。
取り調べを担当したのが、岩田であった。
話の食い違いから、身代りに出頭してきたと岩田は判断。
そこで、和田かつ也の周辺を捜査。
組の幹部が本当の犯人であると突き止め、逮捕した。
組の幹部は依頼を受け、犯行を行なった。しかし、依頼者の名を吐くことはなかった。
さらに、刺された井戸口局長も非協力的で、捜査はそこで終った。
井戸口局長には黒い噂が多数、刺されても仕方のないような人物であった。
暴力団の幹部逮捕後、『ヘタを打った』和田かつ也は組を追われた。
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