「すいません」
畑のあぜ道を通り、おじいさんに近付き、そして声を掛けた。
「うん?」
おじいさんが岩田に気付き、腰を伸ばした。
「お忙しいところをすいません。少しお聞きしたいことが」
岩田がジャケットの内ポケットから、殺害された和田の写真を取り出した。
「この方をご存知ありませんか?」
そう尋ねると、和田の写真をおじいさんの前に差し出した。
おじいさんは写真に顏を近付け、ジッと見つめた。
「半月前に来られた方だな」
しばらく見つめたあと、野球帽のおじいさんがつぶやいた。
「雑誌社のカメラマンちゅとった。茶を10袋も買っていかれたから、よく覚えている」
「あんたも、どうかね?」
「わしの手揉みのお茶。今年のは、あそこにあるだけ」
おじいさんは、無人販売所の方を見た。
(商売のうまい、おじいさんだ!)
岩田は苦笑するしかなかった。
「最初は景気の話だった。それから、茶畑を売ったという話に」
おじいさんはうしろを振り返り、茶畑を指さした。
「2ヵ月前、大阪の不動産屋が売ってくれと。農地は他の用途に転用できへんで、そう教えたが」
「不動産屋は、ゼネコンが農業をすると答えた。ここで茶やサツマイモ、野菜の苗や種芋を育て、都会のビルの屋上に植える」
「地球温暖化対策ちゅんかいな。それで不動産屋と1ヵ月前、仮契約をした」
「まあ、こっちとしては相場の2倍で買ってくれたんや。悪い話ではない」
「息子は東京でサラリーマン。農業はわしの代で終りや」
「まあ、そんな話を。写真の男は喜んで、茶を10袋買ってくれた」
「あ、どこの不動産屋か、聞かれたので」
ズボンのポケットから、財布を取り出し、中から名刺を抜き出した。
『淀第一不動産株式会社 社長 中館誠』
住所は大阪市福島区玉川であった。
おじいさんに礼を言ったあと、無人販売所に置かれていた6袋のお茶を買った。
(仮説が的中していたようだ)
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