太閤街道殺人事件
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車で、南へ5分。
西区の七洋電子機械工業に到着したのは、午後3時前であった。

岩田は近くの駐車場に車を駐めたあと、隣のビルの1階にある、小さな喫茶店へ入った。
店には客は無く、初老のマスターだけが居た。

(ちょうど、いいときに来た)
カウンターに座り、コーヒーを注文した。
そして、さぐりを入れた。

「仕事で隣の七電に。やはり、社員はピリピリしているよ」
七電は、七洋電子機械工業の略称。
   
「木下藤吉郎社長の話をしたら、社員の顔色が変わってね。冗談も言えない雰囲気だった」

「そうでしょう」
マスターが食い付いた。話好きのようであった。
      
「昔は、あんな会社じゃなかった」
岩田がポツリと呟いた。

「昔と比べると、大きな会社になりましたから…」
マスターがコーヒーをカップに注ぎながら、応じた。

「出馬に反対する社員も、いないようだな…」

「営業にいた立石君が、ぼやいていましたね」

「営業の立石か…」

「今、秘書室で、選挙のほうを担当しているようです」
コーヒーカップが、岩田の前に置かれた。
      
「チーズケーキ、おいしそうだね」
ケーキの入ったガラスケースに、視線を動かした。
   
「一つ貰おうか」
      
「しかし、立石君も大変だね?」
岩田がコーヒーを一口飲んだあと、話を再開した。

「そうみたいです。異動してから選挙関係の雑用ばかりだと、ぼやいていました」
    
「選挙関係は秘書室長と二人だけ、のようです。あちこちを走り回って、たまらないと」
マスターがカップを布で拭きながら、応えた。

「室長と二人だけとは、本当に大変だ。講演会やパーティを連日開催しているのに」
岩田がコーヒーを飲み干した。

「マスター、コーヒーをもう一杯」

「本当に大変なのは、営業部のような気がします。エースの彼が抜けたら、売り上げも変ってくるでしょう」
      
「立石君は、営業成績が毎年一番だったから、この店でぼやくことができます」
  
「他の社員なら、アウトですよ。ぼやきが会社に知れたら」
マスターが、右手で自分のクビをはねる『しぐさ』。

うなずいたあと、岩田はチーズケーキをパクパクと食べた。
      
「マスターはどう思います。木下社長の出馬について」
岩田がさりげなく尋ねた。

「反対ですよ。木下藤吉郎社長がいるから持っている会社です」
      
「知事になったら、会社の方がどうなるかわからないでしょう。万一のときは、うちの店も関連倒産ですよ」
     
岩田は苦笑するしかなかった。

 
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大阪の街角
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