「マスター、それは?」
岩田の視線が、カウンターの壁にマグネットで留められている切符に移った。
「これ?」
「近鉄の株主切符ですよ」
近鉄の株主が、『持っている株数』に応じて、毎年貰える切符である。
鉄道会社が株主に対して行なっている、株主優待制度の一つ。
株主でない一般人も、金券ショップに行けば、入手できる。
近鉄の株主切符は、金券ショップで1400円前後である。
「これ1枚で、1回の乗車が出来ます」
「ここで販売しているわけ?」
「これはお客様サービスです。七電は名古屋の会社と言われる程、取引先は東海地区ばかりです」
「週に何度も、名古屋へ出張する社員がいます。立石君なんて、営業部のときは毎日のように行っていました」
「若手社員は、旅費を浮かすため、これを使います」
大阪・名古屋間を結ぶ鉄道には、JRと近鉄がある
新幹線の大阪・名古屋の運賃は6千円強、近鉄特急は4千円強である。
それが、近鉄株主切符を使えば、1400円で済む。
ただし、急行を利用することになるが…。
「金券ショップで、売り切れになっていることも多いのです。見かけたときに購入して、ここで。買った金額で渡しています」
「急行は時間が掛かるでしょう?」
「ええ。そのうえ、途中の伊勢中川駅で乗り換えをしなくては」
「運が良くて3時間ちょっと、運が悪いと4時間。だから、行きは特急、帰りは急行。若手社員は使い分けているようです」
「しかし、4時間はキツいなあ」
岩田がため息を吐いた。
新幹線を利用すれば、大阪・名古屋間は50分も掛からない。
「近鉄にガンバってもらいたいですね。名古屋まで1時間・千円になると、大阪の景気も変わってくるでしょう」
マスターは真顔で応えた。
「ほんと、日本一の私鉄なんだから」
岩田も相槌を打った。
勘定を済ませ、喫茶店を出た。
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